懐かしくもあり辿れば心寂しいあの頃・供養に春爛漫の桜植樹

11月の祝日2日を通過し翌週は12月、まずまず忙しいのに時間の経過がゆっくりに感じます。例年この季節は師走前で比較的のんびり、洗濯機とかお風呂場作業、大掃除の一段階。パソコン起動し細かい案件を消化しながら、忙しさの中で遥か昔を時々思い出します。

時間、歳月は戻らないものですからあれこれ情景が浮かぶと晩秋に心寂しい気持。遠路通った県中央市内、バスと電車乗り継いで到着し大きな建物にやや気おくれしながら、長~い廊下を歩いたことを思う。

あの頃は適齢期の20代中盤、最初のバス停まで徒歩で結構長いのに、そこから列車駅に到着は40分、後電車で1時間程度の道のりをよく行ったものだと感じます。ですがあれこれ浮かぶのは柔らかな笑顔、印象的だったお見舞いの夏花や会話をが心に残っています。

結果としたら病床に臥して50代前半迄の人生、20代からの趣味だった父のカメラワークは唯一のなごみ、就寝中の夢にぼんやり現れると30数年前が鮮明でせつない。没後数年、11月~12月は例年あの頃のことを毎年思い出したものですが、子育てと家事に励んだので消えた灯は薄れつつありました。

こういった心に秘めたメモリーはきちんと整理したつもりでしたが、疾患と同じようにちょっとしたことでリフレイン。病床にあらず現在元気であればどのようだったかと大変悔しい気持ちが心に浮かぶ。

若い年の男女はこういった人生の機微に鈍感であるが、歳月が流れ年齢が上がるにつれて精神性が細やかになり、今年はより寂しく感じます。そうあの頃、昭和60年代前後は両親と自分の人生の一山、知識を積んだ現在は医療の面に意見の気持ちありですが、消えた灯は戻らないものである。

せめてもと思うのはどのような時でもきちんと向き合った父の背中と姿勢、それに日々の生活で成長しやや穏やかに向き合える今の気質ができたこと。現在は家のことを消化しつつ亡くなった両親より数年長い人生、

改めて辿ると50数年はわずかなものと実感。亡くなっても魂は生きるんだと言っていた言葉に思い出すのは柔和な笑顔、長い時間が通過したのであの世で成仏と思うけれど、雪解けのころには田舎の墓地周りに桜を植える予定です。

プレーンな日本種のソメイヨシノ、手前に低い背丈の八重桜があるといい、それより低い地面スペースには芝桜とか白、ピンク、紫の都忘れを満杯に植えて亡き魂の鎮魂、これを30年節目の供養とし柔らかな花の色で春4月を少しでも華やかに飾ってあげたいものである。

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